2008年2月17日日曜日

日産 栃木 リンチ 殺人 事件

栃木リンチ殺人事件―殺害を決意させた警察の怠慢と企業の保身

  この痛ましい事件に際し、被害者へのご冥福、そしてご家族の無念の気持ちを察するとともに、犯人の残虐さには強い嫌悪と憤りを新たにしました。  著者は、犯人が悪いとしながらも、犯人に被害者殺害を決意させた側面として、警察の怠慢と企業の保身があったと指摘します。即ち、主犯格の父が警察官として栃木県石橋警察署で当該事件に関わっており、警察の面子として、事件自体を闇に葬りたい意思が強く働いている節があること、一方で、被害者が勤務する日産自動車側も不祥事として露見を回避すべく石橋警察署に要請していた節が見受けられることを指摘します。日産自動車が被害者の報道が公になった後、被害者宛に無断欠勤による諭旨免職を諭す内容証明を送付していたことが何より事件に対する日産のスタンスを物語っていると感じました。

テレビでこの「栃木リンチ殺人事件」の報道を聞くといつも疑問に思うことがあった。いったい事件のきっかけは何だったのか。なぜ警察は捜査を怠ったのか。どうして被害者は助けを求めなかったのか。本書を読み、いずれの疑問をも理解することができた。ささいな発端、ある「意志」に従い、動かなかった警察そして強い意志を持って犠牲になった被害者。。。しかし、そのすべてを理解するまでには、あまりにもむごたらしすぎる凄惨なリンチに目を覆い、栃木県警と日産の愚行に激昂せずにはいられなかった。。。本事件は「桶川ストーカー殺人事件」と並列に語られることが多いだろうか。しかし、日産という企業が介在した本事件は「桶川…」とは異質であることを、元警察官で著者の黒木昭雄が鋭く指摘する。被害者須藤正和さんのご冥福をお祈りするとともに、本書を少しでも多くのヒトに読んでもらいたいと切に願う。

この本を読んだら、まず大抵の人間は考えるまでもなくストレートに怒りを感じることは間違いない。だからとにかくまずは読んでくださいとしか言えない。この本の特出すべき点は、加害者と怠慢な栃木県警の責任を問うだけで終わっていないことだ。往々にして警察の問題として語られがちな事件に対し、日産と加害者の親にまで視点を広げているところだ。1999年6月カルロス・ゴーン氏、日産COO就任。そして1999年10月18日「日産リバイバル・プラン」を発表。2000年5月19日 2000年度3月期決算を発表。税引き後赤字は、事業会社として連結で過去最大の6844億円。NRPの真っ只中でこの事件は起こったが、もしゴーン氏がこの事件を知っていたら何かコメントを出していたと思う。周囲の人間がおそらくスポイルしたのではないかと思う。極めて残念なことに日産とゴーン氏はこの事件に対し真摯に向き合う機会を逃した。

恐ろしい話だが、警察不祥事ももう不感症段階である。警察が「市民の安全」「犯罪の防止と摘発」を第一の行動原理としていると信じている人は、日本にはもはや誰もいないだろう。優先順位としては、「組織のメンツを守る」と1番目として、せいぜい8番目か9番目、「よほど暇ならやってあげてもいい事項」だ。本書は、日産社員が同僚を含む3人組の不良に拉致監禁され、両親が16回も警察に足を運んで捜査を懇願したにもかかわらず無視され惨殺された事件のリポート。著者は単なる怠慢ではない、「絶対に捜査しない」という栃木県警の強い意志の背景を探る。一般には主犯が警察官の息子であるためと思われているが、ここでは不祥事の露呈を恐れる日産自動車が県警に強い圧力をかけたという推理が成される。この推理には直接的証拠はない。だが、本書を読んだ人間は百人が百人、「それ以外にまったく説明がつかない」ということに納得するだろう。そして百人が百人、今後は同社のロゴマークを忌まわしい、血塗られたものとして目に映ずるに違いない。過去「○○事件」として社名が歴史に刻まれた企業不祥事は少なくない。が、どれひとつとっても、おぞましさ、悪質さではこの事件の非ではないだろう。何しろ未だに被害者を諭旨免職処分にしたまま取り消そうともせず恥じないのである。解散して霊に詫びよ、と言いたい。この会社は存続する価値は寸毫もない。

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